兼関四十郎
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『刀剣勤王維新録-袖解橋の怪奇談-』の2話から登場する。
人当たりが良く、場の空気を読むのが得意な盛り上げ上手。
持ち主である井上馨(当時の名は井上聞多)が暗殺されかけた際、犯人らの攻撃から井上を守ったが、損傷がひどかったため31年間の眠りについた。後に春の策略により復活する。
顔や腕の傷は光景につけられたもので、刀身を研ぎ直して貰うことで治すことは可能だが、本人の意向により当時のままにしている。
春とは同郷の幼馴染。何かと深く思案しがちな春とは対照的に、考えるより先に行動するタイプ。それゆえにバランスの良さと程よい距離感を保っている。
犯人側の付喪神である光景とは敵対関係にあったが、長州藩の暴走を止められなかった結果光景の日常を奪ってしまったことを悔やんでおり、彼女の本心と向き合おうとする。
史実
長州藩士・井上馨の佩刀。井上は後に明治の元勲となる。
元々は井上の友人・杉孫七郎が所蔵していたが、英国密航から帰ってきた井上が刀を持っていなかったことを心配し、杉から井上へ貸し出された。
井上が英国に密航していた当時、長州藩の船がイギリス、フランス、オランダ、アメリカの船を砲撃したと話題になっており、母国の長州藩では「攘夷に成功した」と盛り上がっていた。これを止めるため急いで帰国したが、時すでに遅く、藩内の勢力が「革新派」と「保守派」に二分された。この時井上は革新派につくが、徹底抗戦ではなくあくまで「表向きはなりを潜めながら、裏で戦力の増強を図る」という武備恭順論を主張していた。
これを誤解した恭順派の面々が、元治元年9月25日に暗殺しに来るが未遂に終わる。その際に応戦したのが四十郎の本体である。鞘を貫通して刀身に届くほど深く斬り込まれていたという。
井上本人も重傷を負い、一時は死を覚悟して兄に介錯を頼んだが、「どうしても斬るというならば私と共に斬れ」と母が懇願したという逸話も残っている。(余談だが井上はこの時懇意にしていた芸妓の中村君尾から貰った鑑を懐に仕込んでおり、この鏡のお陰で急所を守ることが出来た。四十郎のキャラデザに眼鏡がある由来はこれ)
その後は行方不明になっていたが、維新後に高杉晋作の妻・雅子が所持していたことが発覚する。それを知った井上が雅子に頼んで譲ってもらい、井上の所蔵となった。
現在は静岡市埋蔵文化財センターに所蔵されており、2015年10月には備前長船景光(光景の本体)と共に展示されていた。
参考文献
『世外井上公伝』
『井上伯伝』
『井上馨候元治の難』
『林勇藏日誌』
『井上馨 開明的ナショナリズム』
『世外井上馨 近代数寄者の魁』
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BGM→煉獄庭園様「陽気なマフィア」
