【小説】神なき天誅 番外編【武市半平太の書】
「―――では、土佐勤王党の結成は大殿様への謀反やなく、あの御方のご意志を引き継ぐねらいで結成されたがと?」
ずんぐりむっくりとした体格を上質な着物で包んだその男は、太い眉を寄せながら要点をまとめる。後藤象二郎と名乗るその男が、私の取調べを担当する上士であった。
土佐勤王党は、私が中心となって結成した政治組織である。構成員の大半は、土佐藩の下級武士たち。目指すのはただ一つ――「一藩勤王」だ。徳川幕府のもとにある今の体制を打ち破り、天皇を中心とした新たな国の形を創る。それをまずは土佐から始めようという運動である。
当時の御上・山内容堂様は、幕府のやり方に懐疑的な御方だった。将軍の後継には血筋で選ばれた家茂公ではなく、実力ある一橋公(徳川慶喜)を推薦された。その姿勢が井伊直弼の怒りを買い、安政の大獄で藩政から遠ざけられることとなった――記憶に新しい事実だ。
土佐勤王党は、そんな大殿様の意志を建前にしながらも、私自身の信念を貫くための組織でもあった。
「左様にございます。結成時の血盟書が遺っちょりますき、必要であればご覧にさしあげます」
「ほんなら、なぜ叔父上を…吉田東洋様を殺したがぜ?」
吉田東洋。
かつて山内容堂様の元で土佐藩の政を指揮していた参政。忘れはしまい。私が出した建白書を書生論と一蹴した男だ。現在の徳川幕府による階級制度がいかに下級武士や庶民を苦しめているか、吉田様はまるで理解を示されなかった。その吉田様の甥が取調べに当たるとは、これも運命の皮肉だろうか。思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになるが、本心を悟られるわけにはいかない。私は努めて平静を装った。
「何度もご説明差し上げている通り、それは冤罪にございますき。我々は関与しちょりません」
「おんしが白を切ったがで、部下の苦しみが長引くだけやぞ。わしらもこがなことは早う終わらせたいがじゃ」
毛むくじゃらの太い腕を無造作に組みながら、後藤はため息混じりに言った。まるで茶でも飲みながら井戸端話でもしているかのような口ぶりだった。
「お言葉ですが後藤様。われら土佐勤王党は潔白にございますき」
「………やれやれ、とんだ独り相撲ちや。ま、せいぜい頑張りや」
後藤様はそれ以上問い詰めることもなく、揚り屋を後にした。私の回答も予め察していたかのようだった。
「武市先生」
後藤様が去ったあと、牢番が小声で話しかけてきた。
これまで受けた取調べと、他の者が受けたらしい拷問の内容から察するに、私が投獄されるに足る具体的な罪状ははっきりとしていないようだ。ただ京での政治活動が不審だったというだけの理由で、私は今ここにいる。そんな私を不憫に思う牢番は何人かおり、特に身分の低い者は獄外の者とのやり取りにも協力してくれた。今声をかけてきた牢番も、そのうちの一人だ。
懐から一通の手紙を取り出す。「奥様から預うちょります。こちらは差し入れでございますき」
差し出されたそれは、紫陽花の小花だった。
手紙を開くと、「獄の中では四季も感じられませんろう」と妻・富子の気遣いが書かれていた。
富子らしい、と思う。
どれほど自身が疲弊していようと、私のために花を摘み、言葉を綴る――その姿が目に浮かぶ。後で返事をしたためるねばなるまいな。
「かたじけない。して、皆の様子はどうぜ」
私はそれがなるべく周囲の目に触れぬよう、すぐに懐にしまう。牢番は周囲を確認してから、さらに声を潜めて続けた。
「獄中の皆、何とか持ちこたえちょります。外では噂が広がり始めよって、藩内でも先生の処遇に意見が分かれゆうようです。それと…」
彼は一瞬躊躇したように見えた。
「以蔵が戻りました」
久方ぶりに聞くその名に、私はおもわず眉をひそめてしまった。
「…そうか…以蔵が…」何と返せばいいか、言葉が出てこない。「わかった。また何か動きがあれば報告しとうせ」
「御意」
牢番は深く頭を下げると、何事もなかったかのように仕事に戻った。
以蔵。生きていたのか。
最後に会ったのは文久二年の八月。本間精一郎の暗殺を命じたときだ。
「これでアシは、正しい武士になれたがですよね?」
本間の亡骸の前に佇んだまま、以蔵が投げかけてきた問に私は何も答えられなかった。以蔵は仙寿院――同志達が拠点にしていた寺――に戻るといって、それきり戻らなかった。
その翌日、四条大橋で以蔵の草履が見つかったと党員から報せが入った。欄干の前で律儀に揃えられていたそうだ。…恐らく、入水自殺を図ったのだろう。
仮にも幼い頃から面倒を見てきた弟子だ。酷な仕事をさせたことに対して、罪悪感がないわけではない。
だが、革命のためには必要だった――そう言い聞かせてきた。
私は目を閉じ、過去へと思いを馳せた。