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ゆづりさん、なんで歴史創作してるの?なんで擬人化描いてるの?

というのはこれまでにも何度も考えましたが、最近更に深掘りして考えるようになりました。

新規を増やしたい?(何も知らない人にも歴史に興味を持って欲しい?)
既に知ってる人同士で共有したい?
あるいは、今生きている人ではなくかつて生きていた歴史上の人物本人に伝えたい?(付喪神は本人に私が伝えたいことを代弁する役?)

とか、どれも考えたその時は「これじゃね!?」と思うのですが後になると「いややっぱり違うんじゃないか?」の繰り返しでして。

では過去の私は何を考えていたんだろう

と思いこれまでの創作メモを引っ張り出してみました。

とても…読みにくい……………

下段の方まで読んでいくと、
まあつまり、私が好きでやってることです
あくまで自分が楽しいからやってるだけのこと
他人の評価を求めるな

…とあります。
当初は刀
乱舞の二次オリ(二次創作オリジナル)として描き始めたのが始まりなので(当時は「創作刀●男士」と呼ばれていました)、あくまで趣味として描くものと思っていたみたいですね

それが歴史創作へ移行しようとしたのは、単純に当時の創作刀●界隈の空気が苦手だったというだけなので、明確に「これがやりたいんだ!」というのがあったわけではありませんでした。

元々この頃から私は歴史を好きになり始め、「刀乱舞」よりも「歴史」に重きを置いた創作になり始めていたので、なんとなく自分でも浮いてるなーという自覚はありました。

じゃあ、そもそもなんで創作刀剣男士なんて特殊なジャンルを描き始めたんでしょう?普通の二次創作ではなく?

元々私は何かにハマったら深く調べずにはいられない性分です。

ぶっちゃけると私の刀剣●舞での推しは陸奥守●行と肥●忠広なのですが(もはや伏せ字の意味…)、当時肥前●広は実装されておらず、幕末維新側で実装されていたのは陸奥だけでした。陸奥を好きになってから「そういえば私の父方の実家って高知だったな今度帰省したら資料館とか史跡とか行ってみようかな」と思い立ち法事で帰省したついでにあちこち史跡を巡ってみたら

楽しい!!!!!

それから幕末土佐藩について取り憑かれたように史料を漁るようになり、幕末物の大河ドラマや時代小説も読み始め、遂には土佐だけでなく長州にまで飛び火し、明治も調べ始めました。
その過程で、「この人ってこんな刀持ってたんだ!」「しかもこんな逸話もあるんだ!!」と刀について知る機会も増え、「こんなに面白い刀がなんで実装されてないんだ!!!!」と日に日に飢えを拗らせていきました。
(後に肥前忠広と南海太郎朝尊が実装された時はそれはもう小躍りして喜びましたとも)

しかし、周りで刀剣●舞をプレイしている審神者たちはそんなことは気にせず、史実の話や未実装の刀の話をしても興味を持ってもらえるはずもありませんでした。そりゃそうだ、普通の人は歴史ではなくキャラに興味を持つんだから。(後に編集さんから言われた言葉)
だったら自分で作って飢えを凌ぐしかない!と思ったのがきっかけです。

どちらにしても、「これを伝えたいんだ!!」という明確なビジョンがあって始めたものではなかったようです。
それが描いているうちにエスカレートして「商業目指したい!」と思うようになったのは何故だったのでしょうか。

商業を目指し始めたのは当時の私の仕事と家庭環境がきっかけ

単純に描くのが楽しくなって野心じみたものが芽生え始めたのもあると思いますが

当時、私は職場であまりにも仕事が出来なさすぎて出勤を減らされてしまい、途方に暮れていました。詳細
その直後に発達障害と診断を受けるのですが、この頃お世話になっていた就労支援機関の相談員さんから「フリーランス」という働き方もあることを知りました。
当時、「自分には一般企業で働くなんて無理なんだ」と本気で思っていた私は、「フリーランスになるしかない!」と早速食いつきました笑

では私には何ができるのか、将来どんな風になれたら幸せか、と考えてみたところ、「一生三セカを描き続けていられたら幸せだな」という思いがふと浮かんできました。欲望に正直ですね笑
そこから「三セカで商業を目指す!」という風にシフトチェンジしていきました。
大した理念もなければ最終的なゴールも考えていなかったのにね!

その結果どの商業誌に持ち込んでも「分かりにくい」「教科書みたい」「話が長い」「読者は歴史に興味はない、キャラに興味があるんだ」と総ツッコミを食らいます。
今思えば明確なターゲットも定めていないのに持ち込んだらそうなりますよね

更に家族からは「商業を目指すならそれじゃ駄目だ!」と言われ、「次の仕事は?」「収入はいくらになった?」「本当に独立できるの?」と更に圧を感じるようになりました。
それを真に受けた私は「商業受けするものを描かないと駄目だ!」と思い込むようになり、史実描写を削りキャラ(付喪神)に焦点を絞った作風に無理矢理変えていきました。結果できたのが長州編1話です。

改めて読み返すと、話としては読みやすいのですが土佐編の頃の重さがなくなったといいますか、毒にも薬にもならない話になってしまったなと思っています。

という具合でものすごく話は長くなりましたが、趣味で描き始めたものをハングリー精神に身を任せて無理矢理商業向けにひん曲げようとした結果今に至ってしまったんだと思います

そんな私が自分のやりたいことをはっきり自覚した出来事

ということが分かり史実を知ってる人同士で作品を共有しても、どこかで「どうせ刀剣乱舞の二次創作の延長線でしょ?」という目で見られているという意識が拭えず、かといって知らない人向けに描こうとすると分かりにくい
じゃあ私の創作は誰向けなんだ??と自問自答を繰り返す日々でした。

そんなある日。

とあるソーシャルゲームに私が史実で一番好きな人物(以下最推しと呼びます)が実装されました。
それをきっかけに、それまであまり知名度の高い方ではなかったその人がアニメ漫画ゲーム好きのいわゆる一般的なオタクの方々にも広く知られるようになりましたが
そのゲームの中での最推しの扱いがあまりにも酷く、申し訳ないのですが私には解釈違いでした

さらに辛かったのは、それを見たそのゲームのファンが史実の人物にまで面白おかしくあることないこと言及し、平たく言えば「キャラを弄るためのネタ」として扱われているのが何よりきつかったです。
かといってそれを口にすると「史実厨」「たかがゲームに何言ってんの?」「創作なんだから自由でいいじゃん」と言われる。

でも、確かにその通りなんです。
過去に歴史なんて全く知らなかった頃の私も、きっと歴史を刀●乱舞や艦●れなどの二次創作のネタとして見ていたと思いますし、実際自分が嫌な思いをするまでは「創作なんだから自由でいいじゃん」と思って描いていました。

「今まで散々好き勝手やってきたくせに、自分がやられたら発狂するなんて虫が良すぎる」と自分を責めました。
今になって冷静に当時のことを思い返してみると、多分この時の感情が一番私の歴史創作における理念に近いんじゃないかと思います。
多分ですが、

「キャラ萌えもいいけどそのキャラの成り立ちには実際にあった歴史があるんだよ」
「私達が萌えているものには実在した人物や物があることを忘れちゃいけないよ」

ということを伝えたいんだと思います。
ターゲットは誰かと言うと、既存のオタク向け歴史物コンテンツで歴史に触れた層。
つまるところ、過去の私ですね。
私の歴史創作や擬人化は、過去の私への自戒でもあるんだと思います。
そういうわけなので、オタク向けでありながら創作やキャラとしての面白さよりも歴史に重きをおいて考えているので、既に史実を知っている同士では共有しやすかったのかなと思っています。
ただ、本当にやりたかったことを考えるならここから先は漫画やアニメ、ゲームなどの中でしか歴史に触れたことのない人にも歴史の深さが伝わるように描いていく。
これが今の私には必要なのかなと思っています。

というわけなのでトップページも近々文章を変えようと思います…

なにはともあれ、これがわかったお陰で、少しずつ創作意欲が蘇ってきました。
既にもう過ぎてしまいましたが2月1日は山縣さんのご命日でしたし、13日には愛二郎さんのご命日、14日には以蔵さんのお誕生日も控えているので、せめて2月が終わるまでにはなにかイラストでも描きたいなと。
今年は麒麟がくるも始まって戦国にも俄然興味が湧きつつあるので、盤那や浅依も描いていきたいです。

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